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2017.04.04(Tue):リサージュ

腰にチューブを巻いた状態での歩行を継続している。
トレーニング終了後にほんの少しと空き時間をみつけての単純歩行。

この2つが劇的に効く。

起きたときやふろに入った後の疲労感がまるで違う。
そして、その延長としてのトレーニング時の強度の持続時間が違う。

十分休みを取った後のウォーミングアップ完了の時のような
非常にいい感じで踏み込みができる。

いったい、いままでの状態は何だったのだ?と自分でも不思議に思う
ところだ。

腰の影響をもろにうけていた、両太ももの張りと痛みも消えてきている。
とにかく、たくさん練習ができる!楽しい!!


人生、いったい何がブレークスルーになるかは全く分からない。
もうだめだ、これ以上できないと思う時はもう一度考えるべきだ。

今回のトレーニングは、半年前からスタートし11月に早すぎるピークが来て
その後のポジションの変更などの影響を受けてなかなか良い進捗がなく
もうだめかとおもっていたところで、意外な変化が突然現れた。

多分、ブレークスルーというのはこういうものなのだろう。
毎日毎日トライして、ダメで、くしゃくしゃになって
それでもあきらめずに何が悪いのかを追求し続けると
ある時突然、目が覚めたように問題が解決することがある。

こういうタイミングを逃さないためにも、とにかく追求し続ける
ということが大事だ。これは、人生の王道といってもいいのかもしれない。

このブレークスルー、大切にしようと思う。






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2016.04.13(Wed):リサージュ
昨日、仕事仲間が言った言葉が頭のなかをグルグル回っている。

「『できない』と思い込んでいることが、人はあまりにも多い
 のでしょうね。
 実際はできるのに、自分は自分を取り巻く環境や条件に
 縛られていてそのせいで『できない』と思い込んでいる。」

とある組織のある経営者のことを評価して彼はそういったのだが。。。


これが、とんでもなく自分に当てはまることに気がついて
とんでもなく回りの人間にも当てはまることに気がついて
頭のなかをグルグルしている。


「できないことなんてない」

そんな趣旨の言葉を聞く度に、何故か目頭が熱くなっていた。
そう、そうであるはずだ。心のなかで私もそう叫んでいた。


でも、こんな言葉に感動をすること自体が
「できない」と思い込んでいる証拠そのものだ。
「できない」と思っているから、そうではないと思いたい
そういう希望が欲しいと思うわけだから。

心底から「できない」わけではないと信じているのであれば

「できないことなんてない」

なんていう、当たり前の言葉に感動をするはずがない。
太陽が東から登っても感動なんかしないように
当たり前のことを言われて感動する必要はない。



そうか。自分が自分こそが「できない」という勘違いの
毒に侵されていたのか。
また、自分に嵌められていたプラグが1つ抜けた気がする。

だからこそ思う「当然できる」と。
単に今できていないだけで、「必ずできる」と。



「できないことなんてない」なんて、当たり前なのだから。




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2016.03.28(Mon):リサージュ

「自分の力の上限をもう悟ったって言うのか??
 技も身体も精神も何ひとつ出来上がっていないのに?

 自分より優れた何かを持っている人間は 生まれた時点で自分とは違い
 それを覆す事などどんな努力・工夫・仲間を持ってしても不可能だと
 嘆くのは全ての正しい努力を尽くしてからで遅くない

 ただ
  "自分の力はこんなものではない"
 と信じて 只管まっすぐに道を進んで行く事は
 "自分は天才とは違うから"
  と嘆き 諦める事より辛く苦しい道であるかもしれないけれど」



「才能開花のチャンスを掴むのは 今日かもしれない
 若しくは明日か明後日か来年か 30歳になってからかも?
 体格ばかりは何とも言えないけど
 無いと思ってたら多分一生無いんだ」


ハイキューには時々泣かされる。
なんというか、いい年して自分も青春をしているなぁ~と
呆れる。


http://matome.naver.jp/odai/2145520430333492201 より引用。

☆才能の抑圧は、必ず、「深層意識」の世界で起こる

 深層意識の世界に「否定的な想念」や「マイナスの想念」があると、
 人間の能力は、必ず、抑え込まれます。

☆自己防衛に気づく

 否定やマイナスな考えが出た時、心の中にいるもう一人の自分が

 傷つかないように危険を冒さないように
 自分を正当化させるために自分自身を守ろうとしています



嘆いている時間も自己防衛に引きこもる時間も
私にはもうないのだから。


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2016.03.03(Thu):リサージュ
100回叩いても倒れない木があったとする。
100回もやってダメなら、何度やってもだめだとそこであきらめるのか
101回目叩いたらひょっとしたら倒れると思うのか
その考え方の違いで、人生は決まる。

SSTトレーニングやピリオタイゼーションの手法は、過去に何度も
検証され、実証された方法だ。
しかし、その成果がでるには時間がかかる。
成果が出るのが遅いからといって、101回目のトライをやめれば
その手法をとらなかったことになる。そこで、話は終わりになる。

正直に言って、SSTトレーニングやピリオタイゼーションの手法を
頭では理解しいていても心から信じることは私はできていなかったのかも
しれない。
何度も何度もその成果を疑ったし、違う方法を選択しようともした。
去年の今頃、実際に別の方法を試してみたし、それによって失敗も
成功もした。

昨日のCP20更新で初めて自分でSSTトレーニングや
ピリオタイゼーションの手法を実証をしてみることができた。
やめないでよかった。あきらめないでよかった。


おかげで今日からは、未知の世界が待っている。
さぁ、信じて次のステップに進もう。


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2016.02.29(Mon):リサージュ

「できないんじゃない、しないだけだ。」
というわけで、久々にブログ名を変更した。

ま、わかりにくいけれど。

赤いブタの影響というよりは
黒いカラスの影響かもしれない。



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2015.11.14(Sat):リサージュ
「現状がベストだと思って守りに入るとは
 随分ビビりだね。」

勘違いをしてはいけない。



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2015.11.14(Sat):リサージュ
「諦めて終わり、なんてまだまだ
 ずっと先までとっておけばいいのだろう。」

私の子供達の世代に励まされる今日、この頃。



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2015.11.09(Mon):リサージュ

週末でようやく引っ越しが終わった。
膨大な量の家財が、すっぽり新居に収まってホッとすると
言うよりちょっと驚いた。なんと収容力のある家なんだ(笑)
まぁ、そうなるように準備したし、収納量も計算しては
いたのだが。

とにかく、引っ越しに合わせてこれまた膨大な量のゴミを捨てた。
ここ1年使わなかったものを基本的には廃棄した。
重複しているものも廃棄した。
新生活でいらないものは、基本的に捨てた。
「もしかしたら今後必要になるかもしれない」というものは
全て捨てた。「ほぼ確実に必要にならない」と考えた。
残したものは「記念になるもの」「思い出として残したいもの」だけ。

物に対する考え方が変わった。


良く考えると、これは人生の生き方や捉え方や考え方にも
当てはまるものだ。思い出はとっておいていい。
しかし、過去に執着する必要はない。現在必要なものだけ考える。
将来は、方向性だけ押さえるようにする。そして、深く考え過ぎない。

いろいろな意味で、また一歩自分をコントロールできるように
なった気がする。特に将来に対する「不安」に対してどのように
対処したらいいのかがわかってきた。
脳の仕組みを理解して、「不安」が襲ってきた時の対処方法を
手順通りにすればいいだけだということもわかった。
あとは、脳をアタマを研ぎ澄まして1点突破で集中すればいい。

自転車によってカラダのトレーニングをする方法はかなりわかった。
次は、アタマのトレーニングをすればいい。これでOKだ。


残念ながら、週末の整理では今朝の自転車のトレーニングが
できる状態までもっていくことはできなかった。
まだ、生活がおちつくまでもう少し時間がかかりそうだ。
着々と準備は進んでいる。焦ることはない。
取り返すことは難しくない。

難しいのは間違えた方向性を修正することだ。
遅れを取り戻すことは容易だが、方向がずれてしまっていると
将来の結果は望まない方向にずれこんでしまう。
方向性を大事にしよう。日々の鍛錬を焦ることはやめよう。


新生活、楽しみだ。



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2015.11.05(Thu):リサージュ
週末の引っ越しの為に、慌ただしく生活をしており
すっかり練習から遠ざかってしまっている。
肉体労働が非常に多く、練習などしていたらあっという間に
ダウンしてしまいそうなので仕方ない。

というよりも、この肉体労働自体が非常に良いトレーニング
になっている気もする。



来週から始まる新生活で是非やってみたいとおもうものがある。
それは、自転車版の「千日回峰行」だ。
勿論、仏門に付すわけではないので、9日間の断食・断水・不眠・不臥の
“堂入り”などする必要はない。

そうではなくて、本当に1000日トレーニングを続けてみたいと思う。

実際の千日回峰行は、トレーニングとして考えるとなかなか面白い。
・1年目から3年目までは、1日に30キロの行程を毎年100日間
・4年目と5年目は、同じく30キロをそれぞれ200日
・6年目は、1日約60キロの行程を100日
・7年目は200日:
  前半の100日間は全行程は84キロ
  最後の100日間は30キロ
なのだそうだ。

頻度小、時間小
頻度多、時間小
頻度小、時間多
頻度多、時間多多
頻度多、時間小

まさに、ピーキングそのものだ。1年間に200日ということから
オーバートレーニングによる故障を避けるようにプログラムされて
いる。

自転車版に直すとどうなのだろう。
例えば、1週間に1日休みを入れて、3週目に2日休みを入れたと
しよう。
そうすると、21日サイクルで4日休養を取ることになる。
実質練習日は3週間で17日だ。
1000日のトレーニングをするとなると、59セットこれを
実施することになるので、177週かかることになる。
1年が52週だとすると3年半で1000日トレーニングは
終了することになる。
千日回峰行を半分のスケジュールで実施か。これはなかなか
いいかもしれない。

このくらいのスケールでものを考えてみると面白いかも
しれない。トライしてみよう。



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2015.09.03(Thu):リサージュ

目出度く、CTLが左鎖骨骨折前のレベルに戻った。
もう少しで利根川TTレベルまで行きそうな勢いだ。
今週中には達成できるかもしれない。

3月末の修善寺前のレベルまでもそんなに遠くない。
この勢いだと過去最高レベルまで行ける感じだ。

パワーレベルはというと、Aerobic-threshold は
ほぼ復活できているといっていい。
もう少し上がれば完璧だ。過去最高に近づいている。

次は、SST、Loctate-threshold だ。
Aerobic-threshold が過去最高までいけば、こっちも
自然に過去最高に近づくはず。

まぁ、無理なくいこう。


ボチボチ、実走行でもやってみようかと思っていて
それを妻に喋ったら

「ちゃんと、骨がくっついてからね」

お、さすが。その通りだ。
10月の検診でX線を見てからかな。


まだ、左腕の動きは今ひとつ。こわばり感がある。
不思議なことに腕も含めて筋量はほぼ回復しつつある。
体脂肪も1桁目前になってきている。
妻には、いい体になってきたね、と言われている。

サーキットトレーニングはサボっているのだがなぁ。。


実走行にはそれほどこだわりはない。
なにせいZwiftが楽しい。
同じレベルのメンバーと、気持よく、危険なく
集団走行できるのはすごくいい。
今日も4人集団になって走ったのだが、とにかく
楽しい。勝手に足が動く。いいなぁ~こういうの。

時間的な制約もないし、時間効率もいいし
面倒な会話のプロトコルもないし。
走りたいだけ一緒に走ればいい。楽しい。

無理に実走行をする必要もないかな、という気に
なってしまう。

昨晩から新コースを走行しているが、これもなかなか。
実際に存在する地図上を走るのはいいものだ。
ますますハマってしまうかもしれない。


娘もこの仮想空間で「一緒に走りたい!」のだそうだ。
児童用の固定ローラーってないよなぁ。。パワーメータも
大変だし。


娘よ、もう少し大きくなったらね。楽しみにしているから。

 
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2015.08.17(Mon):リサージュ

妻との60kmのライド。
こんなのは最近なら短距離のライドになるのだが
まだ、左鎖骨が完全ではない私にとっては、ロングライド。
妻に付き添ってもらう感じで小貝川ふれあい公園まで目指す。

走ってしまえばあっという間。
でも、なんというかすごく贅沢な時間。

時々ふっと感覚に酔ってしまって、後ろの妻に「待って-」
と叱られる。おっとパワーが出すぎだ。
このただただ走る感覚っていうのがめちゃくちゃ気持ちいい。
たまらなく楽しい。

幸い日差しも雲に隠れることが多く、風は涼しい。
小貝川の冷たい水面から流れてくる風はここちいい。
あっという間の3時間半。

お揃いのジャージを着込んででかけて、2人で楽しむ。
妻のデザインはなかなか秀逸。色配置もいい。
JaVision号に完全にマッチしている。
妻のミント号とは少し色がずれている。
今度は水色のジャージを作ろう。

なんとも言えない贅沢な時間。
やはり、原点はここだなと思う。これだから自転車は
やめられない。


「比較は不合理であり不毛である」
 ・比較しても手応え実感がない
 ・比較しても自分の状況は変わらない。
 ・比較しても絶対はない、常に不満が残る。
比較するという妄想に慣れてしまっているだけだ。


だから、この贅沢で楽しい時間を大事にしよう。
これが全ての原点なのだから。


 
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2015.08.04(Tue):リサージュ
昨日は、レスト日。
土日に少し固定ローラーで頑張ってしまったので、いつものとおりに
レスト日にした。
お陰で日曜から月曜の夜はぐっすり眠れた。気分がよかった。

問題はその後。
昨日は一日、自転車に乗らなかった。
そうなると運動不足になってしまい、夜、眠れなくなってしまった。
夜の1時から4時まで、目がぱっちり。
3時に諦めて起き上がり、Amo号をじっとみつめて前のエントリーを書く。

で・・・ほんの少しだけ、普段着のままAmo号に乗ってみた。
空気も抜けていなかったのでそのまま、家の前をとろとろと。
Amo号を買った時のあのワクワク感が一気に記憶に蘇る。

あ~~なんて楽しい。
そう、これがあるからロードバイクに乗っているのだよなぁ。。。

 Amo号に乗っているのに遅いとカッコ悪い
⇒少しでも早くなりたい。
⇒早くなるならTTバイクよりロードバイクがいいといわれた。
⇒ロングライド用に買ったJaVision号で練習ばかりする。
⇒早くなるためにトレーニング計画をたてる。
⇒トレーニング計画を守るために外で走るのをやめてローラー台で練習する
⇒段々早くなってきたので全日本に出たい
⇒全日本に出るには、もっとトレーニングしないとダメ
⇒レースでいい成績を出さないとだめ
⇒もっと減量しないとダメ、もっとパワーを出さないとダメ
⇒苦手なヒルクライムも克服しないとダメ
⇒嫌いなヒルクライム練習もしないとだめ
⇒ヒルクライムの帰りの下りで事故

あららら、なんというか当初の目的と全然ずれてしまって
いることに気がついた。
あのワクワク感、馬鹿みたいにただ乗るだけで楽しかった
あの時の感じをいつの間にか忘れてしまっていた。

そもそもの楽しみ方ってあると思う。
それを忘れてはいけないのだろう。

JaVision号は、妻と一緒にロングライドを1日中走るために買った。
Amo号は、平地を思う存分突っ走るために買った。

決して、レースに勝つために買ったわけではない。
そんなことをそもそもの目的として購入したりしない。
単純に楽しいから。いじって面白いから買った。

今もこの気持は変わってない。変える必要もない。
いつの間にか人の影響を受けてしまったが、自分本来の
楽しみ方に戻っても何も問題はないだろう。
趣味なのだから。楽しむためのものなのだから。


今日、1つ決心をした。
レースのために自転車関連の物を買うことを今後一切やめようと思う。
レースのために買ったものは、ちっとも愛着がわかないし楽しくないから。
ただ単に、「これを使って乗って楽しみたい」と情熱が湧くものだけ買おう。

楽しみ方は、千差万別。人それぞれの楽しみ方があっていい。
人の価値観に合わせて、自分の楽しみ方を曲げる必要はない。



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2015.08.04(Tue):リサージュ
Amo号に乗りたい。
Cervelo P5 スーパーバイクに乗りたい。
あのバイクでかっとばしたい。

心の底から湧き出る気持ち。
なんと心地よい。喜び。
そして、根源的な楽しみ。

早く治して走りたい。
今はただそれだけ。

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2015.07.21(Tue):リサージュ

このエントリーを書いていて、ふと気がついた。
私が過去にいろいろなものに取り組んで来た時
その度に妻は、私の想像と少し違った評価を
していた。

「危険なことはしないでね」

「雨のレースで80km/hなんてスピード出すのは心配だよ。
 ホームストレートに戻ってくるたび泣きそうになったよ。」

「無理はしちゃだめだよ」

「今は休むときだよ。休養は大事でしょ」

「すごく良くやっているよ。スゴイと思うよ。」

「もうすぐ、結果はもうすぐ出るよ」


妻は、私の結果にはあまり興味がなさそうだった。
良い結果も悪い結果も、どちらに対してもだ。
その代わり私の体と私の気持ちを最重要に考えてくれていた。
母親と同じことを気にしていてくれていた。


正しい評価と正しい応援は、これだった。
私は間違えた評価と応援に左右されていた。


さて、また立ち上がろうと思う。
立って歩み出すつもりだ。
でも、歩む方向は今までとは違う。
歩み方も今までとは違う。

やることは似通っているかもしれない。
他人から見れば、ほとんどかわっていないように
みえるかもしれない。
あるいは、他人から見ればあまりよくない歩み方の
ようにみえるかもしれない。

そんなことは気にしない。
いままでとは本質を変えてやっていこうと思う。


P.S.
妻へ。本当に有難う。
再起できそうです。これからもよろしく。
これからは、きちんということを聞きます。

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2015.07.21(Tue):リサージュ
目標を持つのは大事だ。
トレーニングには少なからず苦痛を伴う段階がある。
継続をするには、嫌気が差す時がかならず来る。
そういう時に、大きな支えになるのは目標だ。

しかし、目標と結果は違う。
目標もトレーニングも自分でコントロールできるが
結果は自分ではコントロールできない。
にも関わらず

「結果が全てです。」

となったら、人は自分でコントロールできないものと
戦わなくてはならない。

転倒事故という事件の前に何となく感じていたこと。
自転車が面白くなくなってきていたこと。
練習がきついばかりになってきていたこと。
今まで楽しいと思っていたことが、それほど
楽しいと思えなくなってきたこと。

それら全ては「結果が全て」という誤った考えに
いつの間にか自分がハマってしまっていたからだ。



もう一度、原点に戻らなくてはいけない。
自分は何を目標にするのか。
その際の制約は何なのか。
そして、どうやってそれを楽しむのか。

それは、他人の評価や言葉を気にして作ってはいけない。
自分自身と真剣に向き合って、そして出す答えを
自らの羅針盤の示す方向にしなくてはいけない。


答えはもう出ている。
始めからわかっていたことだ。
人にどう評価されようが、どう言われようが
自分の好きな道を突き進む、それが私の生き方だ。

自分らしくないことを、熱病にかかってしてしまった。
それをこの事件は気づかせてくれた。



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2015.07.21(Tue):リサージュ
妻と一緒に始めたサイクリングは楽しかった。
「思い出すと苦労したことばかりなのに、何故か
 いい思い出だよね」
というのは、妻といつも一緒に走りながら語ることだ。
そう、失敗やら苦労ばかりなのに2人で走るのは
本当に楽しかった。

今年はメデタく念願の200km走破、銚子までの
入梅鰯を求めてのロングライドも完遂できた。
楽しい。本当に楽しい。

いつから、どこからこれがあの「熱病」に変わって
しまったのか。
そして、リスクを犯してまでよくわからない価値を
求め始めてしまったのか。

トレーニングそのものは安全に配慮してやっていた
分に関しては間違いはない。
十分、体にも気をつけていた。食事も体のメンテナンスも。
トレーニングをするということが何を生み出すのか
人生を生きていく上で、トレーニングというものが
如何に重要なのか、どうやって継続したらいいのか
継続するためにどう目標を持っていけばいいのか。


過去に自分が習得したものすべてが、実はこのトレーニング
の原則に従っていたことも再確認できたし、それ故の
面白さを再確認もできた。


だから、トレーニングそのものは間違えていない。
では、何を間違えたのか。


結果だ。
結果を主要な評価軸にし始めてしまったことだ。
結果も自分の鍛錬の目標に対してではなく
人の評価を気にしての結果、特にレース結果に
意識をおき始めるようになってしまった。

全日本に出場する。
その為にはチャレンジレースで30位にはいらないと。
その為には修善寺CSCで9分未満で走らないと。

「結果が全てです。」

ある人が言った言葉だ。
私がトレーニングで調子を上げていながら
レースで結果が出なかったことを伝えた時に
冷たく言い放たれた言葉だ。
覚えている。決して忘れない。


この言葉に感染していた。
熱病の元はこの言葉だ。
死に至る病の根っこはここにあった。



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2015.07.21(Tue):リサージュ

かなり、日記の更新が滞ってしまった。
前の更新が6月24日。その翌日、事件が起きた。

朝練、坂道での落車。骨折、手術、リハビリ。

単独の落車なので、世間一般的には事故でおわり
なのだろうが、私の中ではどうも、事件というのが
正しい表現のような気がする出来事だった。
あっという間の1ヶ月だった。
多くの自転車仲間には、有難いお見舞いを頂いた。
ここでお礼を言うのも変ではあるのだが改めて
ご心配頂いたことに感謝したい。

特に妻には多大な心配と苦労をかけてしまった。
感謝の言葉も無いほどだ。


人生には大きな転機というものがあると思う。
それは、人との出会いとか別れとか、何かの区切りとか
自分の身の回り、環境に大きな変化があった時というの
が非常に多いように思う。

過去の人生を振り返っても、大きな転機というのは
大体が環境の変化によるものだったような気がする。


今回の事件は、大きな環境の変化が起きたというわけ
ではない。
しかし、自分の中で非常に大きな変化が起きた。
モノの見方が全く変わってしまった。

事故後と手術後の激痛の中、死を意識した。
すぐに寿命が尽きるとはもちろん思わなかった。
しかし、死ぬ時というのはこういう苦痛の果てに
生の終わりを感じるのではないかと思い怖くて震えた。


今まで、他人ごとのように思えた病気や怪我での死と
言うものに対して初めて「自分でも容易に起こりえる」
と感じた。

愛する妻もいる、かわいい子供も小さい子供もいる。
今、私が死を迎えてはいけない。彼らを残していけない。
死を容易に起こしうるようなこと、危険なことは
リスクが高いことは絶対にできない。
リスクと引き換えにできるような価値などない。


ふと、ここで気がついた。
私が求めていた価値とはなんだったのだろうか。
私が周りの人からストイックだと評価されるまでにして
追い求めていたものはなんだったのだろうか。

自問自答して答えがでない。
まるで、何かの熱病にかかったように「何か」を求めて
いた。しかし、その「何か」がなんなのか、そして
その「何か」の価値とはなんなのかわからなくなった。

(つづく)


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