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2015.08.18(Tue):日々の日記

雑音は厄介だ。
しばしば自分の集中を遮断し、余計な感心を産んでしまう。
それだけで済めばいいのだが、自分の判断や評価にまで
影響を与え始めてしまうと自分の進むべき方向すらも
わからなくなってしまう。

雑音だな、嫌な感覚だな、厄介だな。
そう感じたらまずその感覚を遮断してしまうといい。

勿論、気になるわけだから遮断できず心に入り込んでしまう
わけであって、簡単ではない。
だから、その感覚を「意識する」「自覚する」「言葉にする」
そうすると客観的に自分の意識を捉えることができる。
その上で、その感覚を自分で評価することを捨てさる。

目に見えて気になるなら、見えないように消せばいい。
音に聞こえて気になるなら、音を遮断すればいい。

少し時間をおくだけで、十分にその感覚に反応しない準備ができる。
そういう準備ができてから、改めてその感覚を眺めてみる。
もう反応しない。そうなれば遮断は簡単にできる。


左鎖骨を骨折してから、盛大にこの雑音に悩まされた。
練習できない、能力が落ちる、目標を変え無くてはならない。
いろんな苦痛が、この雑音達によって拡散された。

意識すればするほど、意識しないようにすればするほど気になり
そして苦痛に満ちたものになった。

そこで、バッサリこの雑音を遮断することにした。
ニュースを読まない。他人のブログを読まない。
FBのタイムラインを読まない。
製品情報を読まない。レース結果を読まない。

そうすると、とたんに楽になる。
雑音からの苦痛が極端に減る。
気になること、焦り、嫌気、恐怖。いろんなものが消える。
そして、落ち着いてからもう一度、この雑音たちを評価してみる。

この音は、聞いたほうがいいか。聞かないほうがいいか。
聞く必要があるものか。聞かなくてもいいものか。

ほとんどの音は、やはり雑音で聞かなくてもいいものだった。
あんなに気になっていた雑音たちが、実はほとんど不要なものだったり
意味のないものだったりしたのはかなり意外だった。
でも、実際はそんなものなのかもしれない。

怪我をする前の私は、そういう雑音に心を揺さぶられたがっていたのか
もしれない。


雑音は遮断してしまえば、自分とは関係のないものになる。
自分の無駄な反応を産まないものになる。
そしてそれは自分で選択できる。



今、また事故前のようにトレーニングを再開しつつある。
しかし、そのトレーニング内容もトレーニングの目的も
そしてトレーニングの楽しみ方も今までとは全く異なっている。

そして、今の楽しみ方は非常に心地よい。



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